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神って何かかんがえた / アニメからの知己

公開日: : 最終更新日:2018/06/18 哲学・小説

最近観ている「Beatless」っていうアニメ

人間と区別がつかないレベルのアンドロイド“hiE”が
道具として使われる社会のお話

すべてのhiEの行動を一括管理するクラウドってものがあって
これがアップデートされることで特定の料理が作れたり、掃除ができたりする
ヒトを攻撃しない、などの制約もこれで管理されるんですけど

物語中でこれが操作されたりして、hiEたちがヒトを攻撃する場面もある

これって、ヒトにとっての神みたいだよね?と思ったんですよ。

神は“行動管理クラウド”

じゃあヒトにとっての神ってどうなってるのか?
カンタンに図にしました!(アタマわるい)

常識(共通の感覚)と法(ルール、規律)
この二つが倫理(善悪)に反しない限りで認められている

この辺りの“ヒトの行動を管理するもの”をふわっとまとめて
神と呼んでいる、と考えることができると思うんですよ

クラウドは“共有”を求める

クラウドと表現したのには理由があって
これには共有される性質があります
更にヒトからのフィードバックで変化していきます

これ、正にクラウドじゃないですか?

管理されるのか、管理するのか

前述の通り、これはヒトの行動を管理するものです
でも、だからこそ、ヒトはこれを管理しようとしました
それが例えば基督教では教会組織であり、教皇という仕組です

こんなもの、まあ野放しにはできないですよね。不安だし。

共有→統合→争い

共有される、という性質は言い換えれば
統合を求める、ということです
それがやがて争いに繋がったわけです

(バトルの吹き出しうまく作れなかった)

神の構造の変質

ニーチェが「神は死んだ」って言いましたよね
あの中二病全開みたいなセリフの意味、こういうことだと思うんですよ

デウス・エクス・マキナ

科学という分野が進んだ結果、法や常識の上位概念を
倫理にとって代わったんですよね

どういうことかと言うと

法も、常識も、倫理さえも、
「科学的に正しいか?」が前提にされるようになったということです

どうしてこうなった???

共有⇔納得

共有されるためには「納得」が必要です
そこで例えば

「これについては異論ないよね?」

となったとき、
倫理(善悪)と科学では、どちらが万人に納得されやすいか
と考えたとき、科学に軍配が上がるわけです

これがクラウドの性質上、大変都合がよかったわけです

よく「科学で神は否定された」みたいに言われますが
“科学が神のメインパーツになったことで大きく変質した”
が正しいと、あくま思います。

デウス・エクス・マキナのようなイメージは
こういう神の変質がイメージ化されたものだと考えられます

ヒトのイメージというのは、しばしば理性よりも遥かに早く
ものごとの実相を捉えるものですよね

イメージというのは後天的に得るものではなくて
すべてヒトという種に初めから内臓されていて
適切な対象が現れたときに投影されているだけ、

という話は物凄い脱線になるので、別の機会にします。

おわりに

少し前から「神殺し」のモチーフが
様々な物語で現れるようになりました
これにも意味があるように思います

例えばこれは
「ヒトが望みを叶え自由になるには、行動を管理する概念を一旦捨てろ」
というメッセージに思えてならないんです

常識とか法とか、倫理、善悪、科学的根拠さえも無視して行動する

ユメを叶える

くらいのことって、ここまでして初めてできるんじゃないかな?
あくまはそう思います

ネットで活動中の作編曲家。

ヨーロッパの著名な舞台でのクラシック演奏経験を活かし、他とは違う個性の提供が好評を博している。

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