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「偽物は本物であろうとする分、本物よりも本物だ」はどういうことか考えた

公開日: : 最終更新日:2017/12/10 哲学・小説

偽物語、貝木泥舟というキャラクタのセリフです。

結構有名ですよね!

 

演劇が面白いのは何故か?

まずはこれを考えてみました。

 

“本物”の日常が面白いわけない

たとえば自分の今日一日がそのまんま映像化されたとして

一体誰が見て喜ぶでしょうか?いや喜ぶひといるかも知れないけど

 

そういうマニアは置いておいて、特に人気芸能人とかじゃない限り

大して面白くもないわけです。でもコレが“本物”ですよね?

 

“本物”に求められているのは“現実”じゃない

ここで強調したいのは、

本物と現実とは別物だということ。

 

“本物”という言葉を使うとき、ヒトはそれに

ある種のエッセンスを求めているんです。

 

それはモノによって様々だと思いますが

少なくとも“現実”とイコールではない。

 

現実には“不純物”が含まれています。

それは“本物”には求められていないモノです。

 

自然な演技は下手くそな演技

TVドラマとかで役者畑ではない方なんかがよく

“自然な演技”を心がけて失敗している様を見かけると思います。

 

現実のヒトの仕草を忠実に再現すればするほど

演技としてはダメに見えるのは何故でしょうか?

それは演技とはデフォルメだからです。

 

例えば現実でヒトが驚くとき、特にひとりのときは、

傍から見ても驚いたことすらわからないようなリアクションしかしません。

それでは演技としてはダメですよね。でもこの方がリアルな筈です。

 

そこを強調するのが演技です。

つまり演技に求められているのはそういうエッセンスだとわかると思います。

それこそが本物に求められているものです。

 

「本物であろうとする」の意味

これまで書いてきたことからわかる通り、

「本物であろうとする」とは

「本物に求められていることを満たそうとする」ことです。

 

本物の限界

本物というのはもうそれそのものでしかないですから、

基本的に変わる余地がありません。

 

ですが偽物は、本物に求められているモノを

際限無く満たしていくことができます。

 

更に偽物には「本物に求められていないもの」

が含まれていません。“不純物”がないんです。

三次元より二次元のキャラクタの方が美しいと思うのもここに起因すると思います。

 

偽物は本物より“本物”になれる

つまり貝木泥舟のこの言葉の真意をまとめるなら

 

  • 偽物の方が本物に求められるモノを追及できる
  • 偽物には本物に求められない不純物がない
  • 二次元サイコー

 

といったところでしょう。

 

要するに、

「ヒトは本物なんか求めちゃいない」

ってことだと思います。

ネットで活動中の作編曲家。

ヨーロッパの著名な舞台でのクラシック演奏経験を活かし、他とは違う個性の提供が好評を博している。

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